コロナバ禍詰将棋作家のひとり言

一時的に新型コロナウイルスの事はがり書きます。

コロナバ禍は終らない

コロナウイルスが収束したようなのでブログ名を元に戻そうと思っていたのだが、再流行の傾向なので変更出来なくなりそうなのである。
東京の感染者数が200人を連日越しているのはPCR検査の強化だと思っていたが、他県でも感染者がで出しているようである。
これは心配である。
テレビの餌食にならないかである。
そして政府がバカな緊急事態宣言の再発動をしなかである。
コロナ対策で何の役に立ってない立憲民主党が更に下らない事を言いそうである。(もう言っているけど)

新型コロナウイルスは大したウイルスじゃない。
新型コロナウイルスを恐がっている人は新型コロナウイルスで死ななければ、他の原因で死んでも良い思考回路になっている。
これらの人は新型コロナウイルスが恐いなら他の事も恐れなくてはいけないのが分かっていない。
今一番恐いのは集中豪雨による水害である。
その心配がなくなれば熱中症が方が恐い。
交通事故だってある。アクセルとブレーキの踏み間違える人がいるから歩道も歩けない。

新型コロナウイルスの感染者が増え出すと死ぬ可能性が高くなると思うのが致命的な間違えである。
これらの人は新型コロナウイルスで死ぬ前に既に死んでいるのである。致命的なのである。
今、増えている感染者はほとんど死なない。
実は現在の状況はむしろ理想的なのである。

新型コロナウイルスに限らずウイルスとは共存するしかないのである。
凶悪なウイルスなら感染者を出さない方法にする必要があるが、これだけ感染力があるウイルスでは感染者の根絶は不可能である。
それで頼るのは医療でもワクチンでもない。
勿論、重症化すれば医療を頼るしかないが、治療法は大分分かって来て死亡率は減るはずである。
今、それ以上に大事なのは感染しない事でなく、発症しない事である。
それにはワクチンだがワクチンに頼る考えはダメである。インフルエンザのワクチンだって完璧じゃない。無意味と言っているのではない。
効果はあるが安心は出来ないのだ。
頼れるのはただ一つ。それは自分の免疫力である。
現在の日本が今迄全くウイルスのない社会だったとしたら今回の新型コロナウイルスで何十万人が死んでいただろう。
過去のウイルスや細菌が免疫力を付けていたから日本人は助かっているのである。
ウイルスは型が変われば過去の抗体は役に立たないので、そのために何人も死んでいる。
でも全くウイルスの皆無の世界だったら日本人の死者が1000人程度で済んでいるはずがない。
ウイルスがいたのは有益だったのである。

★将来もっと凶悪なウイルスが来るだろう。
今回の新型コロナウイルスはそのために人間に免疫力を付けさせるために来ているウイルスだと考えないとダメなのである。
緊急事態宣言の再発動のバカな事をしてはならない。
死亡者が再度上昇するようなら僕の考えは間違いだと認めるが、今回の感染者からは死亡者はそれほど出ないと僕は読んでいる。
もしそうなれば感染者が出ないより、むしろ出る方が理想なのである。
この致死率が低い新型ウイルスは本当は人類にとって有益なウイルスなのである。

原型戻しの大流行

詰パラ2020・7月号は土曜日に届いたのである。
当然目玉記事は看寿賞選考会議である。
それを読んでいると「原型戻し」が大流行りなのである。
しかし、原型戻しの言葉は全く流行っていないのである(笑)。
「原型戻し」の言葉は誰も使わない事はいりす氏がTwitterでもツイートしていたのである。
実は僕は原型戻しの言葉を皆が使って欲しいとは思っていない。
原型戻しは作品の特徴を言うものではなく創作手法だからである。
作品の特徴を示すならもっと良い言葉があるはずだと思っているのである。

☆「原型戻し」とは何かだが、何かの理由で一つの事をする(ある駒の移動・変換・消去)のにそれをした後に他の駒を全て元に戻す事である。
他の駒が1枚でも違うと原型ではないので1枚でも違えば原型戻しではなくなる。
創作手法としては原型戻しがピッタリなのである。
でも作品の特徴とするなら1枚配置が違うのだから原型戻しではない。原型でもないし戻しの表現もへんである。
局面対比の方がまだピンと来るだろう。

★原型戻しだが1枚の動くだけで、他の駒は動かない場合は元に戻す作業はいらないはどうかだが、これも原型戻しである。
看寿賞の山路大輔作の17銀が成銀になる作品は他の駒は動かない。が、戻す作業は銀でしていて、他の駒は原型維持をしているので原型戻し手法なのである。
再度お断りを書くと原型戻しの言葉は皆が使う必要はない。これは直接表現する言葉なので僕は使っているだけなのである。

看寿賞候補に久保紀貴作「モーメント」も原型戻しである。46銀が消去され他の駒配置は1枚も変わらない原型なのである。
邪魔駒消去に原型戻しなっている作品はよくあるが、それは全て原型戻しになる。この手筋は当たり前のようによく見るので原型戻しになるのは大した事ないように感じてしまうが、実は邪魔駒消去を原型戻しにするのは優れた手法なのである。
久保作は原型に戻すのにと金が1周してくる凄い作品で僕が選考委員なら久保作に投票しただろう。
山路作の方が投票が多かったのは形だと思うが、悪形な久保作は悪形でしか成立しない手順なので、悪形だからこそ久保作の方が優れていると僕は考えるのである。

★原型戻しは基本1枚だけしか変わる事が許せない。
でも1枚は1組とする方が良いかも知れない。
それが短編コンクール50渡辺直史作である。
この作品は45馬と65馬が入れ替わり他の配置は変わらない。これも原型戻しとしたい作品である。
因みに僕が看寿賞選考委員なら一次投票で投票しているのである。二次投票は残れば投票しただろうが二次投票には残らないだろう。
この入れ替わりだが7月号結果稿詰四会作品展①津久井康雄作は52金と54銀の入れ替わりでこれも原型戻しになる。
ただ短コン渡辺作のように評価はしていない。52金は43や63に動いてしまうと52には戻れない。
渡辺作の馬角は動いても戻れる。このため創作難易度や不思議さが全然違うのである。
これは津久井作をディスるものではなく渡辺作を称賛しているのである。

☆結果稿でデパートの①▽(この文字変換は間違いか?)作は2手目と最終手で63銀→63成銀の原型維持。
②馬屋原剛作は初形と最終形で54歩→55歩の原型維持になっている。
これも原型戻し手法と呼びたいところである。
原型戻し手法であるが、原型とは盤面配置だけで持駒は減っているのは構わない。持駒減って詰方が有利になる事はあり得ないからである。
むしろ減れば減るほど良い作品になる。
持駒が変わる場合は飛が歩になる事も有利になる場合があるので原型戻しにはならない。
原型戻しになっていたとしても持駒変換と呼ぶべきで、どちらが優れているとかの話でなく別物だと考えたいのである。
持駒の件を書いたのは①②共に持駒も変わっていないからである。
僕は実は原型を最終手を対象とするのは原型戻し手法にはならないと思っているのである。
原型戻しとは何かの理由のため1枚以外は原型にするものである。
最終手だと理由は王手をするためになり、詰将棋で王手は絶対条件である。絶対条件は理由になってないと思うからである。
でも馬屋原作を原型戻しとしたいのは持歩があれば原型54歩→55歩は簡単に出来てしまう。
これを持駒を含めた原型にするのは死ぬほど難しいのである。
馬屋原作を見てこの狙いで昨日1日考えてみたが、最短手数条件ではこの手順パターンしかないとの結論が出た。
持駒が変わらない条件で、元に戻る不思議さが十分にあるので原型戻しになっていると思うのである。
ところでこの2作は手順の極限表現のために配置がおぞましいものがある。
こんな作品ばかりだと嫌になってしまうが、こう言う作品を積極的に採用するのがデパートであって欲しいので、この2作の採用は評価したい。
他の3作で上手く調和させてるし。

★他の原型戻しになっている作品は中学校半期賞の青木裕一作もある。
邪魔駒消去原型戻しだが飛打ち成捨てを2回繰り返すのが新機軸になっている。

☆中編賞の小林尚樹作は初形と22手目で64桂→54桂の原型戻しである。
この間に銀3桂2を消費しているのが素晴らしい。
持駒が減れば減るほど良いのである。
この作品の素晴しさは銀3桂2枚捨てるのに一見どれか省いても良さそうに見えるところである。
これ局面が変えれば3手目同金では詰み同桂になってしまう。
配置は作者の意思でこのこれだけ捨てないと成立しないようにしているのである。
一見見た事があるような手順であるが、原型戻しとして新しい事をしている作品なので、僕には中編賞はダントツでこの作品である。
残念なのは、これで看寿賞に関する記事を書く時に、看寿賞受賞作より小林作の方が好きな作品だと書けなくなってしまったのである(笑)。

★この記事の主旨は僕は前々から原型戻しは創作手法として面白い事を書いていた。
原型戻しの言葉は皆に使って欲しいとは全く思っていない。が、創作手法として原型戻しを結構昔から良いと言っている事を自慢したいのである。

詰パラ2020・6月号結果稿から

★今さらながら詰パラ6月号結果稿の作品感想を書いてみたい。
まず興味あったのが短大の結果稿であった。
凄いメンバーである。
結果、鈴川作が2.89の最高得点であった。
この点数が不思議でない傑作である。
半期賞も看寿賞でもおかしくない作品である。
でもこの作品は僕は鈴川作としては駄作だと思う。
これは僕は鈴川君をリスペクトして書いている事である。
僕は鈴川作の高得点作に好きな作品は余りない。
むしろ得点が出てない作品に好きな作品が沢山ある。
その作品をリスペクトしているので、今回の短大作品は駄作に見えてしまうのである。

☆次に大学院の山路大輔作であるが、本人は「ファイナルカウントダウン」より好きだとの事である。
これは僕も同じなのである。
僕は実は「ファイナルカウントダウン」は凄い作品だと思っているが好きな作品ではないのである。
勿論、これぞ看寿賞と言える大傑作なのだが、部分的に見ると駄手順があるからである。
煙詰の宿命と言うか捌くのに精算手順があるのは仕方ないのに、七種合煙は更にそれが多くなるのが気に入らないのである。
しかし、この作品は精算部分の感じの悪さは序4手だけで手順も綺麗で、尚且よくこの手が詰むなって手順で、僕にはファイナルカウントダウンと比較したくないくらい好きな作品なのである。

復帰後のリハビリ

★今、風みどりさんのブログが一番面白いのである。
毎日更新しているのかな。
昨日見たら、昨日の記事で僕の作品集が餌にされていたのである(笑)。
読んでみると作品については褒めているのに人間はディスられていたのである(笑)。

☆それから同人入り記念の解説と作品集の解説を命令口調では頼んでいないのである。
断り文句の口実を与えないない事を第一に丁寧な言葉でお願いしたのである(笑)。

★風みどりさんは僕が復活後に曲詰ばかり創っていた事を不思議に思っていたようであるが、それは理由があったのである。
曲詰作家には申し訳ないのであるが、曲詰創作はリハビリになるから曲詰ばかり創っていたのである。
曲詰創作が何故リハビリになるかだが、曲詰は詰上がりの駒の位置が指定されているのが丁度良い縛りになるからなのである。
ずっと創作していなかった状態なので何をやっても良いとなれば何も出来ない。
詰上がり駒位置を指定されているところから捨て駒収束を探すのは、条件を与えられる事でリハビリがし易くなるのである。
それから曲詰の逆算はこんな手順にしたいとなって他に1枚置けば成立するのにとなっても置けない。
リハビリにはこれも良いのである。
ブランクがあるので出来ない事に未練はなく、兎に角出来る事を出来るように集中する事になりリハビリになるのである。
結局、曲詰を創りまくっている内に創りたい手順が閃くようになって行ったのである。
で、復帰後は曲詰ばかり発表していたので若い人は僕を曲詰作家と思っていただろう。
宮原航君なんかが曲詰より短編を見たいとか言ってくれたのは嬉しく思ったのである。

☆それから風みどり氏はブログが変と書いているが、これはわざとなのである。
僕は詰将棋は真面目に創っている。ブログは不真面目にしてギャップを作っているのである。
ギャップがある事により詰将棋をもっと良く見せようとする計算なのである(笑)。

都知事選立候補者

★もう直ぐ都知事選だが風みどりさんはTwitterで宇都宮氏には投票しないと書いていたのである。
なら誰に投票するのだろうか。小池さんには絶対投票しないと思っているのたが。

☆小池さんは新型コロナ緊急事態宣言で休業協力金を都から出す事を早く決めた事は評価しているのだが、その支給は終了してないんじゃないかな。
早くもらえないと意味ないのに。
その他の新型コロナ対策は芯がなく僕の評価は不合格だな。
豊洲問題とか東京オリンピック問題とかダメダメ知事で僕の評価は都知事失格である。

山本太郎氏のオリンピック中止には賛同だけど、他に出来もしない公約を上げ過ぎだよな。

☆対韓国問題は僕は韓国と付き合うくらいなら北朝鮮と付き合う方がまだましと思っている。
その点では桜井誠氏は良いけど宇都宮氏はダメと思う。

ホリエモンは出馬するのかな。立候補したとしても当選する気はないんだろうな。

☆小池さんは政治家としてしたたかである。
政治家はずる賢くないと務まらない。
場当たり的な人気重視の政策しか出来ない人が知事になっていて良いのかってのがあるが、困った事に他に僕が東京都知事になって欲しい人はいないのである。

新型コロナは収束に向かうのか?

新型コロナウイルスは収束に向かうのかだが、東京の夜のクラブ関係以外は恐れる必要はなくなりつつある。
元々、僕は予防は必要だが恐れる事がそもそも悪だと主張している。
特効薬とかワクチンが出来る迄とか言う人がいるが、ナンセンスである。
特効薬がワクチンは万能ではなく、死ぬ人は死ぬ。
それに薬が進化すればウイルスも対抗するように変異する。頼るべきは免疫力なのだ。
それには規則正しい食事と睡眠である。
本当は新型コロナウイルスなんかにワクチンなど必要ないのである。

☆日本はこれで収束すると仮定して世界はどうか?
ブラジルとアフリカはどうなるか不安だが、欧米は峠は越した感じではある。

新型コロナウイルスは天啓だと思っている。
一つは人類はウイルスにどう立ち向かうであるが、それは重要な天啓である。
しかし、もっと重要な天啓がある。
新型コロナウイルスは中国の責任で賠償を問えるかどうか。そんなもん無理だと思っている。
そして賠償させても意味ないのである。
新型コロナウイルス抜きで中国のやり方を世界は警戒するべき。これが新型コロナウイルスの天啓である。
WHOが中国機関なのが判明した。他の国際機関も同様と考えた方が良い。チャイナマネーにものを言わすと言うより、ジワジワと中国寄りにする下工作に気をつけなくてはいけないのである。

それから産業スパイに技術を盗まれないように気をつけなくてはいけない。
特にファーウェイ排除に世界や日本は協力する必要がある。

僕は中国が一党独裁とか、将来世界が中国主導になるのは構わないと思っている。
だが今の中国ではダメ。モラルがなさ過ぎる。
まずは新型コロナウイルスを天啓として、世界は中国を警戒すべきである。
もうアメリカやブラジルやオーストリアは警戒しているが、日本は完全にボケているのである。

立憲民主党を応援したい。

★このブログは将棋関係に一時的に興味がなくなっているので、藤井7段のタイトル戦最年少勝利記録にはふれないのである(笑)。

☆今回は僕の嫌いな立憲民主党を応援する記事を書いてみたい。
それは持続的給付金の委託業務の実体を暴いて欲しいからである。
持続的給付金の委託業務はある会社が電通に委託し、その電通が更に委託するようである。
電通更に委託するのは問題ではない。
問題はその前のある会社である。
ある会社がちゃんと業務を請け負い、例え丸投げでも次の業者にちゃんと委託するなら、そこでマージンが発生するのは当たり前である。
20億円が高いかどうか別にしてもである。
たがそのある会社が何もしていないトンネル会社だったら。この会社は何の業務もしないマージンを抜くだけのトンネル会社じゃないのか。
こんな疑惑だらけの会社の実体を暴けば立憲民主党支持率V字回復も夢でない。
全く期待していないが、立憲民主党を今は応援したいのである。

★それからこの件で僕には色々疑惑がある。
これから書く事は単なる僕の想像である。
願わば間違いであって欲しい事である。
特別給付金送付や持続的給付金の送金が遅いのは、何らかの悪事がバレないようにする作業があるので時間がかかっている。
②給付金委託会社のトンネル会社とマスコミはグル。
③検察と政府と官僚とマスコミはズブズブの関係。
これは少なく共、検察とマスコミはズブズブなのは事実である。
④中国は政治的な事のインターネットでの規制があるが、日本のマスコミは都合の悪い事は報道しないし、間違った方向にも誘導する。日本の腐ったマスメディアより何も言わせない中国一党独裁の方がましじゃないのか。

これは僕の持っている疑惑で、出来たらこうでない事を願うものである。