コロナバ禍詰将棋作家のひとり言

一時的に新型コロナウイルスの事はがり書きます。

〈詰将棋〉詰将棋の魅力

詰将棋

詰将棋には色んな魅力がある。
そして、人それぞれどこに大きく魅力を感じているかは違う。
僕はどこに魅力を感じているか。
それを書いてみたい。

詰将棋の好きな人はパズルが好きな人が多い。
僕はパズルは好きかと言えば好きだろう。詰将棋はそのパズルの中でも特に面白いから好きだと言うならそれは違う。
僕は詰将棋にはパズルにはない魅力があるから好きなのである。

詰将棋に感じているパズルにない魅力は、詰ました時に詰方の駒が効率良く働いている事である。
効率が良いなんて表現は生ぬるい。
詰方にとって都合が良いと言いたいような詰上がりになる。
まるでお互いに協力して都合の良い駒だけ残したような詰上がりになるのである。
玉方は詰まないように抵抗してるのにである。
玉方は詰まないように抵抗してるのに、最後には必要な駒が必要な働きしかしない。
僕はそれが魅力で詰将棋が好きになったのである。
そして、それに芸術のような美しさを感じているのである。

☆僕はこのブログで長編作品の機械趣向が門外漢と書いた事があるが、機械趣向(僕が勝手に呼んでいる言葉だが意味は察してもらいたい)は都合の良い駒だけの詰上がりにはなり難いので僕には魅力がないのである。
それでは単なるパズルである。
面白いパズルとは思うが、僕が詰将棋に感じている魅力はないのである。

★他に打歩構想物も趣味じゃない。
僕は純粋に玉方は詰まされないようにするのが好きだからである。

詰将棋ではないが、詰パラにはフェアリー・推理将棋・将棋パズルとかが載っているが、それらは単なるパズルでしかない。
詰将棋に感じている魅力はないので趣味じゃない。
誌上にない方が良いと思ってはいるが、あるのは良しである。
食べ物と一緒で好きな物だけ食べるのは良くない。
パズル自体は好きなんで、それも面白い。
ほどほどに他の物を食べればより詰将棋も美味しくなるものである。

★僕が詰将棋の魅力に思っている事を書いたが、必ずしもそのように創られているものばかりではない。
手筋物はそうならないといけないので、そうなってないのは腕が悪い。
それは厳しい評価をするとして、初めから別の面白さを求めたものはどうか。
僕は好きじゃないので解答では高い点は付けない。
でも面白いと思う人は高い点を付けるだろう。
極端に付ける点が違う。
詰将棋には人それぞれ魅力に感じるところは違うのである。
これが詰将棋の最高の魅力かも知れない。