チョー一流作家のひとり言

詰将棋に関する事だけ書きます。

詰将棋作家が一度は創ってみたいもの

★昨日、柳原さんがTwitterで、名局ライブラリーの武島作の改良図のことだと思うが、この初手は一生に一度のレベルとかツイートしていた。
因みに僕のスマホTwitterがほとんど機能しなくなっているが、まれに通知機能から見れたりする。
しかし、画面を変えると二度とそのツイートは読めない。
つまり、過去のツイートは一切見れなくなっている。
なのでツイートに何と書いてあったは覚えでしかないのである。

詰将棋作家なら玉を押さえている拠点の駒を初手に捨てる作品を創ってみたいと思った事はあると思う。
短編作家なら一つは創ってみたいテーマである。
これ意外に創れない。素材が命みたいなとこがあるからである。
気の利いた作品になる素材は一生に一度くらいしかないだろう。
柳原さんのツイートを見てなるほどと思った。
確かに6月号名局ライブラリーの武島作改良図のような素材は一生に一度しか巡り会わないかも知れない。
だけど僕は持駒に出来るのにここに銀を置くことはあり得ない。
この位置では67銀と使いたくなる形だからである。
拠点を捨てる感覚にはなれないのである。

★前記事とこの記事は置駒にするメリットは実はない書きたかっただけなのだが、武島氏のコメントを読むと改良図とかにすると解答者の評価は下がる事は百も承知に思える。
武島氏は解答者の評価より作意や詰上りに必要のない駒を省く事が大事なのである。
僕は内容が良くなるなら飾り駒でも置く事を認めているので、使用駒の数を1枚減らす事に価値はない思っているが、ほとんど詰将棋作家は使用駒数は少ない方が価値があると考えると思う。
僕のようなタイプは少ないだろう。
で、この改良図は僕には改良とは全く思えないが、武島広秋作の完成図はこれになると言う事なんだろう。

☆解答者の評価は発表図が上だと思う。
今回、改良図を完成図とするなら発表図はどうなるか。
それは発表図は武島氏はこの図にはしないと言う事なんで、発表図は僕の作品だと言う事にするのが良いのである(笑)。