チョー一流作家のひとり言

詰将棋に関する事だけ書きます。

スマホ詰パラNo.7535と7536

スマホ詰パラNo.7535と7536

昨日のスマホ詰パラNo.7535と7536は良い作品であった。
その作品についての記事である。

No.7535有吉弘敏作。
僕の短評(スマホ詰パラはコメントして表示される)は「前半は変化量を増やしただけの面白くない手順。」である。
これは短評用の文で本心とはちと違う。
本心は前半は感心しないである。
これは僕だけかと思っていたら、似たようなコメント者もいた。
僕の場合は前半の5~8手は作意手順と関連しているのだし、これは悪くない。当然あるべき手順とも言える。
僕の気に入らないのは序盤4手である。
この4手がある図とない図では、詰パラ本誌に発表したとして、どちらが高い点を得るだろうか?
僕はあった方が高い点になるはずだと思っている。
たが、僕は入れない。こんな手順は詰将棋として美しくない。
合駒させてブチ切り。これは色々効用があって詰将棋の手法としては活用しなくてはいけない。
だが短編の冒頭には形を整えるとかの理由がない事には入れて欲しくない。
僕は入れたら看寿賞を貰えるとなっても入れないのである(笑)。
まあ、この記事はこれを書きたかったのではない。
次のNo.7356が気に入ったから書こうとしたのである。

スマホ詰パラNo.7536 telnarn作。
僕は歩の王手が大好きである。
歩を打っての王手は「叩く」と言ったりする。
「歩を叩く」と言えば、歩を打って王手をする事。
玉でなくても敵飛車の前に歩を打つ時も叩くと言うと思うが、詰将棋は王手義務なので、詰将棋で「歩を叩く」と言えば歩を打って王手する事である。
文法的には歩で叩くかも知れないが、歩を叩くで通じるはずである。
歩は一番安い駒。それで相手の一番大事なものを叩く。これは気持ちいい。

理由はともあれ歩を叩くのは気持ちいいと思う。
作者の解説を読むと歩を沢山打ちたかったとある。
その良さは十分表現した素晴らしい手順である。
批判的コメント者もいるが、好き好きと言うものである。
惜しむらくは収束だが、仕方ないところだろう。
何ともならないかと言えば、桂は歩をこの形しか補充出来ない形を作れば可能性はなくはない。
無理かどうか考えてみたいところではある。