チョー一流作家のひとり言

詰将棋に関する事だけ書きます。

悪形

詰将棋作家は悪形が嫌いである。
そこで僕はどう言うのが悪形と思っているか書きたいと思う。
①駒数が少ない作品。
僕は捨駒が好きである。配置駒が異常に少ないと言う事は捨駒も少ないはずである。
配置駒は5枚が境界線で、せめて配置駒は6枚は欲しい。
世に言う簡素図式は大嫌いなのである。
②初形で玉の移動可能場所が多い作品。
詰将棋は初形で玉の移動可能箇所はゼロが理想である。
何故ならば移動可能箇所ゼロなら直ぐ詰む気がするからである。
僕は中編以上の手数なら、意味のない手でも逆算して玉の移動可能箇所をゼロにしようとするのである。
③当たり駒。お互いに当たり駒になっているのは凄く嫌である。
強い駒が弱い駒を取れるが紐が付いている。
この当たり方は余り気にならない。
龍が歩を取れるが駒が利いているような形である。
逆に歩で龍を取れる形は紐が付いていても意味がない。この当たり駒は気になるのである。

他にも色々あるが特に気になる悪形はこの3つである。

追記=もう一つ嫌いな形があるのを忘れていた。
④実戦型。僕は「ジッセンガタ」読んでいるのだが、詰将棋は実戦であり得ない手順を創っているのに形を実戦にありそうなようにする意味が分からない。
まあ、それもありとして、実戦型とは端に桂香があるものを言っていて、決して実戦にありそうな形を言っているものではないと思う。
僕はこれが嫌いなのである。
実戦に到底起こり得ない形。家の前に爆弾を仕掛けられているのに何もしない。これは爆弾が恐くて何も出来ないので例えが悪いかも知れないが、簡単に取り除ける危険を放置するのは実戦ではあり得ない。
どうしてこうなっているか分からないような不自然な形をしているのに実戦型と呼ぶのはこれいかに。
ならば初めから桂香を置かなければ良い。
別に端に桂香があっても構わないが、これを特別扱いするのが気に食わないから僕は実戦型は創る気がしない。
実戦型は作者として嫌いなだけで、解答者としては好きでも嫌いでもないのである。
そしてこの記事は作者としてだけの好き嫌いを言っているものである。