チョー一流作家のひとり言

詰将棋に関する事だけ書きます。

変別

去年、このブログを初めたのであるが、月の記事数を30以上書いていた。
毎日書いていた分けではないが、1日に1記事平均である。
この調子は続けていてはもたないので、今年から週1~2記事にしようと思っている。

☆どっかのブログに変別について書かれていたので、今回は僕も変別についての考え方を書いてみようと思う。
変別とは変化の別詰である。
詰将棋は作意に別詰があるのは許されないが、変化では許されている。
勿論、変化でも別詰はない方が望ましいが、詰み易い方に逃げているのだから、複数の詰筋が生じるのは仕方ないと思う。
それが両方共に作意より短ければ問題ない。
片方が作意より短く、片方が長い。その時、長い方を解答した場合は、玉方最長応手を解けてない事になる。
つまり変別解答は不正解である。
変別解答は全て❌として何の問題ない。
と言う事でこの記事は終わりである。
……おっとっと。終わってしまうとこだった(笑)。
これからが本題である。

★解答者としては公平性から変別解は全て不正解にするべきだと思う。
だが僕の一作家の考えとしては、変別解を厳しくのは好ましくないと思っている。
担当者の裁量で正解にしたって良いと思っているのである。
公平性に考えれば、これでは困るのであるが、作品からすると変別を不正解にされるのは嬉しくないと僕は思っている。

☆変化はキッチリ割り切れているが、変別のため割り切れていないと思われて評価を下げられた場合はどうか?
これ実際にあった話であるが、変同を指摘されたのだが実際には割り切れていた。
僕は作品としては割り切れている事は主張したが、変同指摘は誤評価とは思っていない。
変同だと思われる変化の作り方をした作者が悪いと思っている。
作品と解答者は全く悪くないと言うのが僕の考え方である。
まとめるとこうである。

とあるケース=
①解答者は作意は詰ませている。
②解答者は割り切れている順があるのに、変化を答えて来た(変別解)。
③そして評価が下がる。

この場合、全く作品も解答者も悪くない。
悪いのは作者であると言うのが僕の考え方である。

★僕は変化は作くるものだと思っている。
紛らわしい変化になるのは技術不足である。
ただある事を実現するために、その部分の変化は融通が利かない場合がある。
その場合は仕方ないので許してもらおうと思っている。