チョー一流作家のひとり言

詰将棋に関する事だけ書きます。

玉位置は手順が決めるもの

詰将棋の作品は玉位置は作者が決めていると思っている人が多いかも知れないが本当は手順が決めているのである。
紛らわしい書き方だが、この記事の要項からこう書いた。
創りたい作品の手順が決まる。
その手順は横移動なら、配置が増えるのを気にしないなら多くは移動可能である。
縦移動も結構可能である。
その場合どこの玉位置で創るかは作者が決めているようで、作者は一番創り易い位置で創っているに過ぎないのである。
例えば辺に寄った図は一路横にずらすと端に壁駒的配置が必要になって来る。
これは作者の意思が玉の位置を決めているのではない。
手順が玉位置をそこを選らんでいるのである。
ならば壁駒を置かずに横移動可能な手順はどうか?
この場合は余詰や変化などで最適な玉位置があったりする。
勿論、選択肢がいくつもある手順はある。
それこそは作者が決めるしかないが、それは今回の論考とは関係ない。
今回の論考の主旨は簡単に言うと玉位置は作者が一番創り易い位置を選らんでいて、それは結局は手順が玉位置を選らんでいると言いたいのである。
それを証拠に僕は創作時には頻繁に玉位置を変えている。
縦移動の時など、何故詰まないのだと思ったら、あー成れないがやと気付く事はしょっちゅうである(笑)。

さてこれからが本題だが、作品に余詰が生じた。
この場合何を考えなくてはいけないか?
それは作者が最適な玉位置を選んでいたかである。
三輪詰結社の修正の一つの原則は玉位置が最適か考える事である。
以前駒場氏が修正の三大原則で玉位置は変えないと書いてあったのは見た事がある。
僕は何をバカな事を言っているんだと思った。
でも駒場氏が修正するのは玉位置を変えないのならそれはそれで問題ではないので気にも止めなかった。
だがそれを信じている人がいたら問題である。
三輪詰結社は玉位置の検証が原則なのであるから。
こう書いたが僕が駒場氏の意見はもっともだと思う。
何故なら駒場氏は長編作家である。
長編作はほとんど玉位置は変えられない。
短編作品だって玉位置は変えられない作品はある。
例えば谷口均作の飛を最右に空き王手する看寿賞作。あの作品は玉を右に寄せれば価値が落ちてしまう。
これは作者と言うか人間の感覚で決めた玉位置である。
勿論、三輪詰結社は全ての事を考慮して、玉位置を決めるのである。

それから駒場氏はこんな事を書いていた。
なまじ改良になるから良くないとの意味の事を。
なんとおこがましい。
改良図とは作者が見落としていただけの事である。
それを見付けて上げて悪い事は何もない。
元の手順を考えた人だけが偉いのである。
改良図を考える何て創作の100の1くらいにしかならないくらい楽な事である。
だが、これも駒場氏の言い分は分かる。
駒場氏は長編作家だからである。
長編の修正はある意味新作創作より難しい。
三輪詰結社は短中編専門なのである。
短編の修正・改良は見落としを見付けるくらいで解決出来る場合が多いのである。